はじめに:物価上昇時代の消費行動が変わっている
食品や日用品の価格が上昇し続ける中、「何がどれだけ売れているのか」「消費者はどう動いているのか」を正確に把握することは、マーケターや商品開発担当者にとって今や不可欠な視点となっている。単純に「安さ」だけを訴求すれば売れる時代は終わりを告げつつあり、品質・機能性・購買チャネルの多様化が複雑に絡み合う構図が浮かび上がっている。
本記事では、インテージ・マクロミル・Nintなどの調査データをもとに、物価高でも需要を維持・拡大しているカテゴリの傾向、消費者心理の変化、代替行動パターン、チャネル動向、そして企業の実践的な対応策を順に解説する。
物価高でも売上が伸びているカテゴリはどこか
食料・飲料は「値上げ+根強い需要」で金額ベース増加
インテージの調査によると、2025年における食品カテゴリで特に注目されるのが「米」の伸びだ。前年比で販売金額が大幅に増加しており、価格上昇そのものが売上高を押し上げている面もあるが、食生活の基盤として需要が崩れにくいことが根底にある。
コーヒーカテゴリでも同様の傾向がある。インスタントコーヒーは値上がりしながらも販売金額が拡大しており、これは「嗜好性が高く、節約してでも飲み続けたい」という消費者の意識を反映している。レギュラーコーヒーも同様に金額ベースの伸びが確認されている。
健康志向が後押しする商品としては、トマトジュースやココアも好調だ。リコピンや抗酸化成分など機能性訴求が明確な商品は、価格が上がっても「体に良いから買う」という層に支持されやすく、安定した売上の維持が期待できる可能性がある。
美容・ケア用品はポストコロナの外出回帰が牽引
2024年前半のデータでは、化粧用シートマスク(パック)や靴クリーム、リップクリームなどが上位に入った。マスク着用が日常だった時期には見えにくかった口元や肌へのケア意識が高まるとともに、外出機会の増加により足元や身だしなみを整えるニーズが再燃していると考えられる。
訪日外国人の増加も一部の健康食品カテゴリに寄与している可能性がある。カルシウム剤やビタミンC剤などは国内の健康志向に加えてインバウンド需要が重なり、販売金額の増加が続いている。
一方で苦戦するカテゴリも明確に存在する
コロナ禍に急拡大したマスク・検査薬・オートミールなどは特需の反動から販売が落ち込んでいる。また、パンなど値上がりが続く穀類では需要が一部米食へシフトしており、「米離れ」どころか「米回帰」の傾向が見られる。これは食費の節約策として米を選ぶ家庭が増えていることを示唆している。
消費者心理はどう変化しているか
「楽しい買い物」から「目的買い・実利優先」へのシフト
マクロミルの調査では、「機能的ショッパー」と呼ばれる目的買いを重視する層が増加傾向にある。価格を気にせずショッピングを楽しんでいた層は減少しており、買い物の動機が明確に「必要なものを、できるだけ賢く手に入れること」へと変化しつつある。
ネットショッピングでも慎重化が顕著だ。セールを待ってから購入したり、複数サイトで価格を比較してから決済するケースが増えており、一定割合の消費者が「購入を一時的に保留する行動が増えた」と回答している。
節約はするが「品質への妥協」は避けたい
物価高であっても、マクロミル調査では「品質や安心感は妥協できない」と考える消費者が多数派を占めている。安ければ何でもいいというわけではなく、信頼できるブランドや機能性の高い商品に対しては相応の対価を払う意識が残っている。
この点は企業のコミュニケーション戦略に直結する。価格を下げることだけに注力するのではなく、品質・安全性・エコ・健康機能といった要素を明確に伝えることが、購買決定を引き出す鍵になる可能性がある。
自炊の増加が家庭内消費のあり方を変えている
パナソニックの調査では、物価上昇を受けて自炊頻度が増えたと回答した若年層が一定数に上る。自炊増加の動機は「節約になる」「量や味を調整しやすい」といった実利的なものが中心で、食材の「使い切り」意識や時短レシピへの関心も高まっている。この傾向は、食材・調味料・キッチン家電など複数カテゴリの需要を下支えしている。
代替行動パターン——消費者はどう「賢く」動いているか
ナショナルブランドからプライベートブランドへの切り替え
物価高において最も目立つ消費者行動の変化の一つが、PB(プライベートブランド)への移行だ。イオン「トップバリュ」は2024年度に売上が過去最高を更新しており、節約志向の消費者が低価格ながら品質を維持するPB商品に流れていることが明確に示されている。
セブン&アイが展開する低価格PBも品目数を拡充しており、日用品や菓子など生活必需品カテゴリで節約志向層の新規顧客を取り込んでいる。PBは「安かろう悪かろう」のイメージを脱し、品質と価格のバランスで支持されるフェーズに入りつつある。
まとめ買い・大容量購入で単価効率を高める行動が増加
ECでは大容量パックや多個入りセットへの需要が高まっており、一定の高価格帯(まとめ買いパック)が市場の一定割合を占めるまでに拡大している。Nintの分析によると、EC市場における日用品の平均単価も上昇しており、「一度にまとめて、お得に買う」という行動が定着しつつある。
詰め替え用品の需要も拡大している。洗剤・シャンプー・ハンドソープなどのリフィル製品は、廃棄物削減というエコ志向と価格効率の良さという二つの価値を同時に満たす点で、物価高時代の消費にフィットしている。
購買チャネルの業態シフト——スーパーからドラッグストア・ディスカウントへ
マクロミルの調査では、スーパーからドラッグストアやディスカウントストアへの購買シフトが確認されている。価格訴求力の高いチャネルへと消費者が動いているわけで、特に日用品・食品カテゴリでこの傾向が顕著だ。
コンビニは利便性で一定の支持を維持しているものの、価格競争力という点ではドラッグストアに差をつけられている状況が続いている。
チャネル・セグメント別の最新動向
EC市場は生活必需品を中心に堅調に拡大
Nintのレポートによると、EC上の生活必需品市場は前年と比べて規模が拡大しており、特に日用品を中心に量販・まとめ買いニーズが売上を押し上げている。消費者は必要なものを一度にまとめて安く購入したいという意識から、ECをうまく活用しており、平均単価も上昇傾向にある。
ECユーザーの一定割合がセールや値下げ通知、ポイント還元を購買のきっかけにしていると回答しており、タイムセールやメルマガによる通知施策は購買保留層を動かす有効な手段となっている。
高価格帯と低価格帯の二極化がEC市場でも進む
EC市場では、廉価な単品・トライアル商品から大容量まとめ買いパックまで、幅広い価格帯が混在している。注目されるのは、まとめ買いパックなどの高価格帯が売上構成の一定割合を占めていることで、節約のためにあえて高額な大容量品を選ぶという逆説的な消費行動が定着している。
一方で低価格帯は競争が激しく、差別化が難しい状況になっている。
世代・世帯構成による消費感度の違い
家計調査のデータによると、高齢世帯では可処分所得に占める食費比率が高く、価格上昇の影響を受けやすい傾向がある。若年単身世帯は消費支出の伸びが比較的小さく、価格意識が強い層が多い。世帯年収が低い層ほど節約志向が強く、PBや特売品を積極的に選ぶ傾向も確認されている。
セグメント別に訴求内容を変える「ターゲット別コミュニケーション」が、今後の差別化ポイントになる可能性がある。
注目企業・商品の戦略事例
イオン「トップバリュ」——低価格×品質訴求でPB市場を牽引
イオンのPB「トップバリュ」は価格を抑えながら品質維持を前面に打ち出し、節約志向の消費者から支持を集めた。2024年度の売上は過去最高を記録しており、物価高という逆風をむしろ追い風として活用した事例といえる。
ウエルシアHD——PBとサブスクで顧客のロイヤル化を推進
ドラッグストア大手のウエルシアは、自社PB商品の拡充とともに定期購入サービスを強化している。継続的に購入する仕組みをつくることで、価格感度の高い消費者が他社へ流れることを防ぎ、LTV(顧客生涯価値)の向上につなげている。
花王「アタックZERO」——高価格でも「価値訴求」でシェア拡大
衣料洗剤の「アタックZERO」は競合と比べてやや高価格な設定だが、「1回投入で強力洗浄・長持ち」という機能性を明確に訴求することで、節約志向の中でもシェアを拡大している。まとめ買い割引との組み合わせキャンペーンも奏功しており、「機能で価格を納得させる」コミュニケーションの好例となっている。
物価高時代に企業が取るべき実践的な戦略
商品ポートフォリオは「二刀流」で構成する
価格訴求型のPBや低価格版と、品質・機能性・健康・時短・エコを訴求する高付加価値ラインの両方を整備することが求められる。大容量パックや詰め替えタイプの投入、栄養機能表示や洗浄力の強さなど、目に見えやすい付加価値の明示が差別化の起点となる。
価格戦略は「複数帯×期間限定割引」の組み合わせで
廉価帯では価格競争力を維持しつつ、高価格帯では価値訴求で差別化する戦略的な価格設定が有効だ。定期購入割引やまとめ買い割引は、日用品・必需品カテゴリでの顧客囲い込みに機能しやすい。ECにおいては値下げ通知やポイント還元を活用し、購買保留層を動かすアプローチが効果的と考えられる。
プロモーションは「お得感」と「ブランド信頼」を両立させる
パッケージには「○個入り・○円相当お得」といった明確なメリット表示と、品質保証・安全性・サステナブル素材の採用などを併記することが望ましい。SNSやインフルエンサー施策では健康・機能性の訴求が有効で、特にPBや新興ブランドの認知向上に活用できる可能性がある。
チャネル戦略はオムニチャネルで消費者をつかむ
ドラッグストア・EC・サブスクなど価格感度の高いチャネルではPBやセット販売を拡充し、独自性のある実店舗では試供品や店舗限定品で体験価値を提供するという役割分担が有効だ。デジタル施策(EC広告・メルマガ・アプリ通知)を活用し、購買保留層を逃さないリマインド戦略も重要性を増している。
まとめ:物価高でも「売れる理由」は明確になっている
2026年の消費市場を一言で表すなら、「安さだけでは選ばれないが、根拠ある価値には財布の紐が緩む時代」といえるかもしれない。米やコーヒーのように生活に根付いた商品は値上げを吸収して売上を維持し、シートマスクや機能性飲料は外出回帰・健康志向という明確な動機に支えられている。
一方で消費者は着実に賢くなっており、PBへの移行・まとめ買い・チャネルシフトを組み合わせながら生活コストを最適化しようとしている。企業側に求められるのは、この動きを「脅威」ではなく「設計のヒント」として捉え、価格と価値の両面から消費者のニーズに応え続けることだ。
次のセクションでは、物価高と消費構造変化に関して、さらに掘り下げる価値のある研究テーマを提示する。
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